義肢装具士の仕事について -なぜ離職率が高いのか-

中堅と呼ばれる年齢までこの仕事を続けたが、労働環境や業界の慣習には心底うんざりしている。世の中楽な仕事などないことは分かっているが、一番辛いのは知人や同僚たちが次々とこの業界を去ってゆくことだ。

 

業界大手の某社HPによれば新卒3年目の定着率は5割、業界全体では8割が辞めてゆくと言う人もいた。

残念だがこの状況は変わりそうになく、その一因にはどれだけ人が去っても毎年養成校から一定数の新人が必ず「供給」されてくるという業界の甘えがあるかもしれない。

 

この記事では義肢装具士(PO)を目指す人に向けて書いた。あなたはこの仕事に夢を持ち、高い志を持っているかもしれない。だが、高い学費と資格取得に多くの若い時間を費やす前にこの記事を一読していただくと幸いだ。

 

以下に私が思う義肢装具業界の問題点を列挙した。

 

 

1.理想と現実のギャップ - 結局は業者として扱われる

パラリンピックやテレビのドキュメンタリーを見てこの業界に入った人は想像とは違う業務内容に苦しむ。まず、POの仕事で義肢を扱う割合は非常に少ない。全く関わらない人もたくさんいる。注文の大半は高齢者のコルセットや既製品の装具だ。少ない義肢の中で、メディアに出るような全身状態が比較的良く活動度の高い方はさらに少なくなる。

 

加えて就職先は民間の義肢装具製作会社になるので、POは取引先(病院など)に時間と場所をお借りして、お客様を紹介(装具の処方)していただく立場となる。営業先では「業者さん」や「装具屋さん」と悪気なく呼ばれるし、いくらチーム医療と言ってもビジネスである以上職位は一番下として立ち振る舞うことになりがちだ。代わりの業者はいくらでもいるので病院関係者からの厳しい要求にも応えなければならなくなる。

 

 

2.長時間労働 -  週6日12~14時間は最低覚悟すること

POは取引先に出向いて営業をするため、病院など医療機関の都合に合わせなければならない。9時からの整形外科外来に間に合うようにするには何時に会社へ出勤し、準備をすれば良いだろうか。

 

さらに病院の外来は時間通りには終わらない。午前中は特に混むので、昼食を取る暇もなく次の病院に急いで移動することもある。

午後の診察が終わった後は病棟へ向かったり、夕診(学校や社会人のための外来)の対応をして帰社した後は、売り上げの処理や伝票作成などの事務作業が待っている。

 

それらが終わった後、工場へ行き制作作業に移ることも稀ではない。自由に休みを取ることは難しく、完全週休2日制を取っている会社はこの業界では少数派だ。

 

 

3.低賃金 - 手取り16万円から初めて到達するのは年収400万円前半

福祉関係の仕事は儲からない。これは義肢装具業界にもあてはまる。手作業が多く効率化しにくい上、制度で義肢装具の価格が決められているので付加価値がつけられない。言い換えれば患者さんのためを思い手間を掛ければ掛けるほど利益率は下がってゆく。

 

中小零細しかないこの業界では福利厚生も期待できず、サービス残業は当たり前だ。社会保険が完備しているだけでもありがたい。副業をしているPOもいる。その横で経営者一族は(この業界は同族経営が非常に多い)外車を乗り回しているので従業員は意欲がそがれてしまう。

 

また、給料などの詳細は2019年に発行された義肢装具士白書に詳しい

 

 

4.業務の重圧と対人関係のストレス

当然ながら全ての患者さんに感謝してもらえるわけではない。誰もが満足する製品を常に提供することなど到底不可能だし、中にはクレーマーだったり反社会的な人もいて、こちらは客を選べない以上POは矢面に立たなくてはいけない。そうでなくても理解力に難がある高齢者の対応には苦労する。

加えて厄介なのは、義肢装具を使用するには高額の費用が必要することだ。患者や家族に支払いのお願いから健康保険の手続きを説明しなければならないし、代金の回収や取り立ての仕事もある。これらは一般的なPOのイメージとはかけ離れた業務だろう。

 

その他にも医師やリハビリ職の方々から装具の仕様や納期について、理不尽な要求をされても立場上受け入れなくてはならないこともある。そうなった場合、さらにその理不尽な要求を同僚に頭を下げて社内で調整する必要があるかもしれない。

 

5.古い業界の体質 - 終わらない昭和体質と無免許PO

義肢装具の仕事は確かに安定しているかもしれないが、代わりに業界全体の傾向として、新しいことを嫌い現状維持の気質は強い。いまだに信じられないようなパワハラ、セクハラの話はよく聞くし、毎年のようにどこかの企業が揉め事で社員が大量離職している。

 

私見だが、このニッチな業界で厳しい仕事を続けているのは職人気質な変わり者が多く、社内の人間関係に馴染めず辞めてゆく人も多い。特に女性がこの業界で仕事を続けていくのは

(大変残念だが現実的に考えて)非常に難しいと言わざるおえない。

女性の方が就職先を考える際、子育てしながら働いている女性POがいる会社を選ぶのが良いと思うが、私はそのような会社数えるほどしか知らない。

 

最後に、この昭和な体質を象徴しているのは無免許PO(業界用語でノンP)の存在だ。つまり義肢装具士の免許を持っていない社員が本来POがすべき仕事をしている。これは本来、法に触れることなのだが、大手やメディアに出るような有名な会社を含め、ほとんどの業者がそれを行い暗黙の了解となっている。医療福祉職でありながら業界全体のコンプライアンス意識は非常に疑わしい。

 

つまり、この仕事は免許など必要ない誰にでもできる仕事だというメッセージを業界全体を通して発してしまっている。

高い学費を払い、遊ぶのを我慢して厳しい実習に耐えた努力にはなんの意味があるのあろうか。